Varèse「 In the beginning was the Music」 / dCS

「はじめに音楽ありき」

「魂が震える音楽体験をデジタル音楽再生で呼び起こす」

これが新しいdCSの製品開発目標でした。

この命題のために注いだ努力と時間は、dCS史上最も野心的なプロジェクトとなった<Varèse>という形に結晶しました。 リスナーが音楽と一体となれるような再生を提供すること、設定は可能な限りシンプルにしてユーザーの負担を軽減し、リスナーが音楽に没頭できるようにすること……、これらの目標達成のために、dCSが1987年の創業以来培ってきた技術資産に加えて、革新的な技術的アプローチを開発すること、がVarèse開発課題となったのです。

魂を揺さぶるような音楽が、リスナーの眼前に現れなければ、技術が革新的であっても意味がありません。新技術には、アイデアと演奏能力の検証が欠かせず、3年の研究開発期間を費やしました。

「リスナーが音楽を深く理解し、音楽との絆をより強く結びつけるようなオーディオ機器を」……という目標を高次元で実現するため、次のような革新技術を完成させました。ひとつひとつをここで説明しますが、大きく分けると次のようになります。

1)  真の意味でのディファレンシャル・モノーラルDACを創る

2)  デジタル音楽再生の質を決定づけるクロッキング(タイミング)技術をモノーラルDACの開発と合わせて、モノーラルDACの動作をより完全にする。

3)  各ユニット間での信号のやりとりをスムーズに、シンプルに行わせ、ユーザーに心理的負担をかけない

これらの目標を達成できれば、リスナーは音楽に抵抗なく没入し、演奏者と共に音楽に没頭することができるでしょう。

ここでは、dCSのエンジニアたちがどのようにして既存の製品やプラットフォームの能力を超え、デジタル・オーディオの最先端を再び大きな第一歩を踏み出せたか……、を説明いたします。

DAC

Varèseの新しい構成: 「Varèse Mono DAC APEXモデル」を含む現行のdCS DACは、96個の電流ソースによって構成されています。すなわち、左チャンネル用に48個、右チャンネル用に48個の電流ソースがあります。各電流ソースは同量の電圧を生成し、電流ソース本体の部品精度の誤差(抵抗値の公差)を高調波歪みではなく、ランダムなノイズとして分散するように動作します。これが「dCS Ring DAC」の基本的な動作です。

Varèse DACはモノーラルDACです。左右のチャンネルが「モノーラルDAC」に分離され、左右のチャンネルごとにDACユニット全体が配置されていることになります。これによって、いくつかの重要な部分における音質的な改善を含むパフォーマンスの改善がなされました。そのうちのある部分は、一般的なエンジニアリングを改善したものですが、新しい独自技術の開発によって劇的進化を遂げた部分もあります。

Varèse モノーラル DACは片チャンネル96の電流ソースを備えています。ステレオ構成のDACに対してそれぞれのオーディオ・チャンネルに2倍の電流ソースをあてがったということです。これらの電流ソースには、音源のサンプル・レートに応じて、5.644MHzまたは6.144MHzに同期変調された5ビットPCM信号が供給されます。

ディファレンシャルRing DACの概要

VarèseのリングDACはディファレンシャルモードDAC(差動構成)です。RingDACボード上の96個の電流源は48個ずつふたつのグループに分けられ、一方のグループは音楽信号を正位相で再生し、もう一方のグループは信号を逆位相で再生します。

これら2組の電流ソース出力はミラーイメージのようになっています。出力時に逆相の電流ソースの位相が反転され、正相の電流ソースと合算されるわけです。

1組の48個の電流ソースは正位相のアナログ信号を生成します。

もう1組の48個の電流ソースは、アナログ信号を生成しますが、逆位相です。

これら2組の電流源の出力は合算(差動)されて、その結果、DCオフセットのない2倍の振幅の正位相信号が得られるのです。プラス(正相)― マイナス(逆相)= プラスx2

ディファレンシャル(差動)動作は、リングDACで生じたノイズや非線形性が出力から効果的に除去されることを意味します。なぜなら、ノイズ成分は正相、逆相でもプラスサイド(コモンモード)に出て、正相ノイズ(+) ―(引く)逆相ノイズ(+)はほぼゼロとなるからです。

ディファレンシャルモードRing DACにはメリットがあります。

電流ソースに供給される基準電圧は、電流ソースがいくつオンになっていても、すべてが掛け合わされます(乗算)。Ring DACの正相側の電圧が高く、逆相側の電圧が低いといった場合でも、電流ソースに供給されるクリーンなDC以外は乗算されます。これは、両極(+/―)の電流ソースがコンプリメンタリー(補完的に動作)デザインのように振る舞うので、基準電源の引込が信号に依存しないことを意味します。

*これによって、リングDAC内で第2高調波が発生するメカニズムが取り除かれ、歪み性能が向上します。

* 通常のdCS DACでは、製品内部の2組の電流ソースが左右両チャンネルのオーディオ信号を生成します。ステレオでは、左右のチャンネルが異なるオーディオを生成します。そのため、両チャンネル/両電流ソースの振幅/電圧が一緒に上昇する場合があり、電源の総消費電力が増加します。また、両チャンネルが一緒に下がる場合もあり、その場合は電源の消費量が減ります。また、一方のセットが上昇し、もう一方が下降する場合もあり、電源の引き込みはほぼ均等であることを意味します。 Varese Mono DAC内部の2組の電流源は、同じオーディオ信号を逆位相で流すため、常に同調して動作します。一方が上昇しているとき、もう一方は常に下降しています。そのため、一方のセットが電源からより多くの電圧を必要とするとき、もう一方のセットは常により少ない電圧を必要とします。これは、Varese Mono DAC内部の差動リングDACからの電源供給が常に安定していることを意味します。

これを示すために、上のグラフがVarese Mono DACの2組の電流源の出力を示していると想像してください。青い線は正相電流源の出力で、オレンジの線は逆相電流源の出力です。青い線が上昇しているところでは、オレンジの線は下降している。これは、すべての電流源がバランスしているため、電源から引き出される電力量が常に安定していることを意味します。よりクリーンな電源がRing DACに供給されるため、ノイズや歪みの低減に役立ち、DACの性能はより高くなるということです。

各サミング・ノード(反転増幅器構成)のオフセットを均等化し、曖昧さのないDCオフセット補正の必要性をなくし、サミング/フィルター回路の対称性を改善。

Varèse Mono DAC内のすべての処理とアナログ機能は、複数のボードを接続する方式ではなく、単一のボード上で実行されるので、設計面の改善ができ、加えて安定した性能を確保することができました。このアプローチは、Varèseの研究開発時当初に完成されたdCS Lina ネットワークDACで初めて採用された、単一回路基板設計です。

それぞれ専用のディファレンシャル Ring DACを備えたデュアル モノーラル DACによって、歪みをさらに低減すると同時にノイズフロアを5dB下げることができました。

これは、Varèseの開発から生まれたもうひとつの革新であるRing DAC APEXの優れた能力を基に、物理測定においても新たなdCS基準を設定するものとなったのです。

Varèseのハードウエアでの革新

dCSのエンジニアは新しいDAC構成に加え、DACハードウェアに様々な改良を加えて音質をさらに向上させることができました。

  • 強化された電源
  • 最適化されたトランス
  • 改善された回路
  • 最新レギュレーター技術
  • アナログ回路用追加投入したレギュレーター

強化パワーサプライ

リングDACは乗算型DACと定義されています。すべての電流ソースに供給される基準電圧を受け取り、それにコード(Mapper:マッパーを通して供給されるデジタル・オーディオ・サンプル)を掛け合わせます。このコードによって、DACの出力に正しい電圧を発生させるために、どの電流ソースをどのタイミングでオンにする必要があるかが決定されます。

電流ソースに供給される基準電圧が完全にクリーンなDC電圧から変動してしまう場合(例えば基準電圧に干渉がある場合)、この変動や干渉は、その時点でオンになっている電流ソースの数だけ出力に掛け合わされて(乗算)しまうので、DAC内部の基準電圧はDACの総合的な性能にとって極めて重要です。

動作している回路からパワーサプライ(電源)を切り離すことは不可能です。それは、ほんの僅かなばらつきや変動が常に(望まざる)リスクとして存在するということです。音楽信号のすべてを忠実に再現し、それでいて透明度の高いRing DACにとっては、このような微細な問題点がパフォーマンスを決定づけてしまいます。

全体的なシステムの能力を最大限に発揮させることを目標とした場合、あらゆる側面から見ても製品自体が最高品質でなければならないのです。パワーサプライの質についてもまったく同様です。

他のdCS DACに見られるようにステレオ・リングDAC構成では、左チャンネルと右チャンネルの電流ソースは、ほとんどの場合、異なる信号を再生します。一方、モノラル・レコーディングの場合は例外で、当然ですが、左右のチャンネルは同一です。

つまり、左右チャンネルの電流ソースを比較する場合、異なる数の電流源が異なるタイミングでオン・オフされることになります。電流ソースがオン・オフすると、リファレンスとなるパワーサプライに対するインピーダンスが変化し、リファレンス・パワーサプライに有害なリップル(さざ波)が生じます。これは、すべてのアクティブな電流ソースを通して掛け算(乗算)され、システムの音質に影響を与えてしまいます。

Ring DAC APEXは、このような電流ソースのスイッチングとリファレンスパワーサプライ間の相互干渉に対してシステムをもっと強靱にすることで、リップル効果の影響を排除しました。これは、Ring DAC電流ソースに供給するリファレンス電源の経路におけるインピーダンスを下げることで達成されたのです。

Varèse ディファレンシャルRing DACの設計では、正位相と逆位相の電流ソースが(信号的に)同じように動作します。両方の電流ソースが同じ音楽信号を再現しますが、重要な点は、いっぽうの位相は正相で、もう一方は逆相、ということです。前述したように、基準電圧の引込はこのふたつの間で均等化されます。これは、Ring DACのような乗算型DACにとって基準電圧動作がより安定して、それが音楽的パフォーマンスの向上に大きな意味を持つ、ということです。

改良された2次回路

パワーサプライの2次回路は、トランス・コアの磁気歪みを低減し、トランスが発生させる機械的なハムノイズを低減させるように再設計しました。トランスのハムノイズは一般的にdCS製品では問題になりませんが、システム内のノイズや機械的振動のリスクをさらに減らすことは、音質的性能の観点から見た場合、とても重要です。

新しいレギュレーター回路構成:パワーサプライの連続性については、電源の起動と停止を電源管理ICによって、より厳格にかつ柔軟に制御し、パワーサプライの連続性を向上させた新設計のパワーサプライレギュレーターを開発しました。

アナログ電源の追加レギュレーション=バランス出力段のアナログ電源に対しても安定した電源供給を可能にするため、レギュレーション(電圧電流調整)が追加され、その結果、出力のコモンモード・ノイズが大きく低減し、アナログ性能が向上しました。

dCS 初のモノーラル DACの開発と同時に、DACの性能をさらに向上させる新しいコンポーネント、「Varèse Core」が登場しました。Vivaldiのような他のdCSマルチコンポーネントシステムは、専用のアップサンプラーを用意しています。アップサンプラーはDACとは筐体を異にするコンポーネントで、オーバーサンプリングプロセスに必要なデジタル/デジタル(D/D)変換、フィルタリング、デジタル信号処理(DSP)のほとんどを行ないます。

レコード業界で語り継がれているように、dCSはCD黎明期に膨大なアナログ録音をデジタル信号に変換するADコンバーター(アナログ/デジタル変換機)は世界の音楽産業でディファクトスタンダード(事実上の標準)となりました。DACに多くの役割をあてがわずに、別個のユニットにデジタル信号処理の大部分を任せ、処理した信号を別ユニットのDACへ送る(DACの仕事を楽にしてあげる)というやり方は、システム全体のパフォーマンスを大幅に向上させることが、コンシューマーオーディオの世界でも、アップサンプラーをDACから分離したことで確認できました。この発見はdCSのプロ用オーディオ機器開発で培われた貴重な経験に基づくものです。

Varèse Music Systemでは、デジタル信号処理(DSP)の大部分はVarèse Coreによって実行される

このことは、DAC内部のFPGA(プログラム可能なゲートアレー)が実行する処理が減り、作業量が少なくて済むということです。「Varèse Core」は、入力PCMソースを705.6kS/sまたは768kS/sにオーバーサンプリング(16倍)し、ナイキストイメージを除去するために信号をデジタル・フィルタリングします。リスナーはPCMソースを再生する際、オプションでDSDモードを選択することができます。このモードでは、信号をDSD(標準DSD/64からDSD/512まで)8倍に変換します。オーバーサンプリングされ、フィルター処理されたデジタル・オーディオ信号は、ACTUSを介して左右のモノーラルDACに送られてRing DACに供給される5ビット~6MHz信号に変調されます。

「dCS ACTUS」 一体化されたインターフェィス

前述の新しいDAC構成とCoreの追加に加えて、dCS Varèseには各コンポーネント間でオーディオ、コントロール、タイミング信号を送信する方式を開発し採用しました。このdCS新方式によって、システム設定とコントロールはシンプルになり、リスナーは最高の音質を享受することができます。理想的な音楽システムを設計するに当たっては、各コンポーネントがシステム内の他のすべてのコンポーネントとの対話が可能で、重要な情報やコマンドを各コンポーネント間でやりとりできるように設計しなければなりません。

Vivaldiでは、3ウェイRS232インターコネクトとDual AES接続によって重要な情報やコマンドをやりとりするインターフェィスを実現したのでした。RS232接続を利用し、DACからアップサンプラーへ、トランスポートからアップサンプラーへ、デュアルAES接続に組み込まれたトンネルコマンドを送信することで、Vivaldiシステムは各ユニットの設定、ボリュームコントロール、ソース機器の変更などを切れ目なくコントロールすることができます。オーディオ信号はDual AESによって同期して送られています。

オーディオ、コントロールとタイミング信号を接続するためには、Vivaldi DAC、クロック、アップサンプラーには3本のAES/EBUケーブル、4本のBNCケーブル、RS232ケーブルが必要になります。しかし、Varèseシステムでの接続方法は、専用インターフェース「dCS ACTUS(アクタス:Audio Control and Timing Unified System)」の開発によって、非常にシンプルな形で実現されました。ACTUSは、独自のdCSハードウェアとソフトウェアの組み合わせでの構成で、各ユニットからCoreまでたった1本のケーブルで接続します。この広帯域で非同期のプロトコルによるインターフェースによって、エイシンクロノス(非同期)かつエラー訂正されたデジタル・オーディオ、コントロール信号、そしてdCS独自の「dCS Tomix(トミックス)」テクノロジーを介して送信されるマスター・クロック信号がたった一本のケーブルによって接続できるのです。

ケーブルとVarèseの各ユニットにはコネクター内のピンとピンとのクロストーク、ケーブル芯材のシールディング、ケーブル総延長、シンプルな接続方式、などの要件を満たすケーブル/コネクターが市場には発見できなかったので、特別なコネクターをdCS独自で設計しました。

コネクターは正しい方向にしか挿入できないいわゆる「キー方式」です。ケーブル自体は無指向性で、システム内の任意の場所で使用することができます。同じケーブルがVarèseユーザーインターフェイスとCore、CoreとモノーラルDACの間も同じケーブルです。ケーブルに煩わされることなく、Varèseシステムを簡単に設定することができます。

ケーブルに関する特別な要件は、「Varèseマスタークロック」が「Clock」専用のポートを介して「Varèse Core」に接続されなければならない、ということだけです。ACTUSケーブルは6ペアの純銅線で構成され、以下の役割が与えられています。

  • 1ツイストペアは44.1k Tomix信号を伝送する。
  • 1 ツイストペアは 48k Tomix 信号を伝送する。
  • 4対のツイストペアが高帯域幅リンクを形成する。 

高帯域幅リンクは、各 Varèse ユニットを Varèse Coreに接続します。このリンクによってRS232などの制御インターフェースは不要になり、情報、設定変更、その他の制御情報をユニット間で間断なく送受信することができ、システムを完全にコントロールすることができます。

このコントロールは、システムの故障検出にも非常に便利です。例えば、左モノーラルDACが補正されていないことや、クロックがCoreの間違ったACTUSポートに接続されていることなどをユーザーに知らせることができます。

このリンクは、Varèseユニット間のオーディオ信号の伝送をも担います。ACTUS は AES3 や S/PDIF のような同期インターフェイスを使用する代わりに、エイシンクロノス・エラー修正インターフェイスを介してオーディオ信号を送信します。ACTUSは、AES67のような業界標準のIPオーディオ伝送方式を採用していません。

モノーラルDACクロッキング: 課題と解決策

モノーラルDAC動作のクロッキングに関して新しい独特な課題を解決しなければなりませんでした。ステレオDACを搭載した従来のデジタル・オーディオ・システムでは、DAC内部にクロック信号を生成する回路が搭載されており、そのクロック信号は左右チャンネル両方のDACに同時に送られ、DACがデジタル・オーディオ・サンプルを同時にアナログ電圧に変換します。モノーラルDAC構成では、2つの専用DACがあり、別筐体それぞれの内部には、電源、DAC回路、クロック回路が搭載されています。

モノーラルDACでは、ふたつのDACが、タイミングがまったくずれることなく、同じタイミングでオーディオサンプルを変換しなければなりません。

DACが左右のチャンネルのサンプルをほんの僅かでも異なるタイミングで変換した場合、左右のオーディオチャンネル間の時間遅延によって、私達の耳には許容できないほどの音質劣化となります。

したがって、モノーラルDACを動作させる場合、各DACのクロック信号の立ち上がりエッジが揃っていることを確認する必要があります(立ち上がりエッジという用語は、クロック信号を構成する矩形波の変化のことで、電圧が0Vの状態から5Vという高い状態に変化することを言います)。オーディオ・サンプルが正しいタイミングで変換されるようにするには、この立ち上がりエッジを揃えることが非常に重要になってきます。

これだけでは完全な同期は保証されません。左右DACのふたつのクロック信号の立ち上がりエッジが完全に揃っていたとしても、例えば左のDACが右のDACより1サンプル先に動作している可能性もあります。この場合、左右のDACは同時にサンプルを変換していますが、それぞれがまったく同じサンプルを変換しているわけではありません。この場合でも、システムの音質が損なわれてしまいます。そのため、2機のDACのクロッキングには、2機のクロックがまったく同じタイミングで立ち上がってエッジを生成し、このシンクロナイズ(同期)したクロック信号で、まったく同じサンプルをD/A変換するように、きわめて厳密にクロッキングを整える必要が生じるのです。

Varèseを開発する際、この問題を解決するために既存の解決方法がいくつかあり、それを利用して設計を始めることも検討しました。AESやSP/DIF信号のような伝統的なインターフェースの使用も検討しました。しかし、これらのインターフェースは、Varèseが操作するために必要とする帯域幅を備えていませんでした。また、これらのインターフェースは、dCSが適切と考えるよりも高い放射電力(EMI:高周波信号がACTUSケーブルを通して送られる際にACTUSケーブルから放射される電磁エネルギー)を生み出してしまい、Varèse モノーラルDACが電磁波による干渉を受ける危険性がありました。

また、AES67のような確立されたAudio over IP(インターネットプロトコル上のオーディオ信号)インターフェースの使用も検討しました。AES67は必要とされる広帯域幅を持ち、左右のDACを同期させるという問題に対処していますが、このインターフェースはネットワーク・クロックからクロックを再構築します。これは、DAC自体に内蔵されたオーディオグレードの水晶発振器によるクロック信号よりも、はるかに劣るクロック信号となってしまいます。

利用可能なあらゆる選択肢を検討した結果、dCSはDAC内部の高品質なVCXO(電圧制御クリスタル発信器)ベースのクロック回路を利用して、Ring DAC回路を制御することができる独自の方法を開発することを決定しました。それが「dCS Tomix」です。

「dCS Tomix」 モノーラルDACへの革新的な取組

「dCS Tomix」は、モノーラルDAC構成におけるクロック同期への新しいアプローチであり、最高度のクロッキング精度を維持するので、リスナーはモノーラル DACの利点を完全に享受することができるのです。

「Varèse Core (コア)」は、従来のオーディオシステムのマスタークロックとほぼ同じように動作します。各モノーラルDACにクロック信号を供給し、DACのクロックが平均して同じレートで動作します。しかし、これだけでは、サンプルを変換するときにDACが完全に揃って動作することを保証するという問題の解決にはなりません。

「Core」はVarèseシステムのハブであり、すべてのオーディオ信号とクロック信号は、ソース、システム構成や設定に関係なく、常にコアを通過します。コアは、ACTUSを介してVarèse モノーラル DACにサンプルを送信する前に、各オーディオサンプルに「タイムスタンプ(時刻記録)」を追加します。サンプルがDACに到着すると、左右チャンネルの各DACにあるFPGAにタイムスタンプが表示されます。各DACは、サンプルがいつ送信されたかを正確に知ることができますが、正しいタイミングでサンプルをアナログに変換するために、現在の時刻も正確に知る必要があります。そこで「Tomix」の登場となります。

前述したように、プロセッサーからDACに供給されるクロック信号に立ち上がりエッジをあてがうだけでは不十分です=DACはまったく同じ立ち上がりエッジを利用しなければならないのです。これを実現するため、「Tomix」は時間的に厳格にしなければなりません:決定的なクロック信号自体にタイムスタンプが付与されるのです。このタイムスタンプにより、DACはシステム全体のレイテンシー(遅延時間)に合わせて出力を揃えることができます。

クロック信号がタイムスタンプされる方法は、オーディオ性能にとって非常に重要です。DACは、DACに有害なレベルのノイズや干渉をもたらすことなくオリジナルのクロック信号を完全に復元し、タイムスタンプ情報も復元できなければなりません。Tomix信号は、Varèseマスタークロック、またはマスタークロックが使用されていない場合はVarèse Coreによって生成されます。

Tomixの場合、クロック信号のベース周波数は2倍になるため、例えば44.1kのクロック信号は2倍の88.2kになります。DACがクロック・リカバリー(*注)に使用するためTomixのクロック信号の立ち上がりエッジは変更されません。Tomixクロック信号の立ち下がりエッジはタイムスタンプ情報でエンコードされます。

(*注)受信側でデータ信号のエッジを検出し、内部リファレンス・クロックの位相を調整することで、クロックやデータのタイミング情報を再生することを言います。

これは、信号のパルス幅を狭めるか広げるかして、Tomix信号の立ち下がりエッジを検出ポイント(Tomix信号と同じ周波数だが位相が180度ずれている)の前後に持ってくることで行われます。立ち下がりエッジが検出ポイントより前であれば、DACはTomix信号から0をリカバリーするのですが、立ち下がりエッジが検出ポイントの後であれば、DAC はTomix 信号から1を復元します。

復元されたビットストリームはDACが復元されたクロック信号にタイムスタンプを付与するために使用されます。単にクロック信号にエンコードされたタイムスタンプ情報を送信するだけでは、データにパターンや相関関係が生じ、Tomix信号によって生じる電気ノイズがDACで問題となってしまいます。

上のグラフにはふたつのトレースがあります。赤は、前述のように、タイムスタンプ・データが単純にリニア・カウンタとして立ち上がりエッジにエンコードされた時にTomixクロック信号によって生成されるノイズです。例えば、立ち上がりエッジは1、2、3、4...とタイムスタンプされます。金色のトレースは、タイムスタンプデータがTomixで使用されているカウンターのタイプに基づくカウンターである場合に発生するノイズを示しています。

上のグラフで、これらの効果の聴感上の影響を完全に示すことはできません。しかし、リニア・カウンター(赤いトレース)が一連の離散的な周波数成分を生成し、可聴帯域の大部分で金色のトレースより上にあり、ランダム・ノイズのように振る舞っていないことを示しています。したがって、これはVarèse モノーラルDAC内のオーディオ回路に干渉し、パフォーマンスを低下させてしまいます。

ナンバー・ジェネレーターは、オーディオ帯域内に離散周波数(数量が連続的ではなく、飛び飛びになっている)成分を持たないよう注意深く制御された周波数スペクトルであり、加えて決定的なタイミング・データを伝送できなければなりません。

この目的のために、Tomixでは特殊なカウンターを使用しています。このカウンターは、出力の数が有限であるため繰り返し可能なデータ・ストリームを生成し、これらの出力がすべて終了すると再起動しますが、リニア・カウンターが生成する周期的なノイズに比べて、データは十分にランダムであるため、生ずるノイズは相関性を失い、直線的な状態で拡散されます。

dCS特許技術、Tomixにより、Varèse モノーラルDACは厳密に同期されたクロックによって、モノーラルRing DACが同じオーディオ・サンプルの左チャンネルと右チャンネルとを完全に同時に変換することができるのです。左右のモノーラルDAC内部の専用クロック回路を使用して、それぞれのRing DAC回路を制御しても、このように同時変換できるのです。dCS固有の高いクロッキング性能を維持し、チャンネル間の優れたタイムアライメントを維持できるTomixのおかげでVarèseモノーラル DACが完成したのでした。

***

「Varèseは、dCS史上で最も挑戦的な仕事でした。私たちは、最先端の技術をさらに厳しく上昇させると同時に、リスナーがあたかも音楽演奏の真っ只中にいるという、まったく新しい音楽再生を作りあげることを目標におき、dCSは妥協なく、果敢にその目的を追求をしなければならない、とチーム全体が力を合わせました。」
David Steven = Managing Director

「ACTUS、Tomix、ディファレンシャル・リングDACなど、これらを実装することはdCSの歴史の中でもっとも複雑で困難な技術的課題で完成するにはたいへんな努力と時間が注がれました。その革新技術によって、リスナーにはもっともっと音楽によって感動していただけるVarèseの完成を、私はたいへん嬉しく思っています。」
Chris Hales = Product Development Director

「私はデジタルエンジニアとして30年以上dCSに在籍していますが、Varèseは、私が携わったプロジェクトの中でも、最も複雑で困難なものでした。dCS開発チームと完成されたVarèseシステムを私がどれほど誇りに思っているかは、到底言葉では言い尽くせません。」
Andy HcHarg = Technical Director

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